LIVE REPORT

4月29日、今回で22回目となる風呂ロックのアーティストは、キセルさん。兄・辻村 豪文さんと弟・辻村 友晴さんによる二人組バンドである。
おしゃべりをする人、男湯から女湯をのぞいてみる人、肉巻きおにぎりをほおばる人。開演前の観客は、皆それぞれ高まる興奮にそわそわしながら、思い思いの過ごし方をしている。浴場はすでに、この日吹き荒れていた生ぬるい強風とはちがう、湯気の立ち上りそうな熱気に包まれていた。

脱衣場にも人が集まりだした。開演時間になり、ついに二人が登場。お兄さんの歌声が、浴場の中をまあるい円を描くように響き渡り、ライブがスタートした。軽やかなギターの音、ピアニカの音、鼓動のように響くビート。そして彼らが歌う心地よい高音。
さまざまな音がリバーブし、思わずうっとりしてしまった。なんだかのぼせそうだ。もし湯気から音が出るなら、それは、こんな音かもしれない。と、ゆらめくようなノコギリの音を聴きながら、ぼんやり思う。

MCに突入すると、「高いところからすみません。」とお兄さん。(風呂ロックのステージは、女湯と男湯の垣根を越えるように設置されているので、ステージへ上るとなかなか高い。)
そして、銭湯の話や、新しいアルバムの話など、お兄さんが弟さんに話を振りながら、おだやかに会話が進んでいく。ギターの調整をしながら会話を続ける弟さんに「片手間やな」とお兄さんが突っ込みを入れる場面も。やさしい関西弁が耳に心地よく、会場全体に笑みが溶けていた。

曲目は、初期のものから、6月2日に発売されるアルバム「凪(なぎ)」に収録されている新曲まで披露。自然な調和を保ちながら重なる二人の歌声を聞くと、さすが兄弟だと納得させられる。
キセルの音楽は、非日常的な浮遊感とは相反して、切ない懐かしさを持っている。思わず、胸がきゅっとしてしまうような。ノスタルジックなメロディーと歌詞とが、夢を見たときのように頭の中をふわりふわりと駆け巡った。

ライブ後、外へ出ると涼しい風が迎えてくれた。火照った頬にひんやりと気持ちがいい。汗ばんだ体が冷えていく。けれど、気持ちはじんわりほぐれて温かいままだった。

ライブレポート/佐藤美季